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仙台高等裁判所 昭和51年(行コ)10号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

第一(控訴人の被控訴人岩手県知事に対する請求について)

一亡岩太郎承継人らは、控訴人が本件農地に対する被控訴人岩手県知事の売渡処分の無効確認を求める当事者適格を有することを争うが、控訴人は、昭和三二年三月四日被控訴人岩手県知事から、亡岩太郎より控訴人に対する入植名義変更許可を受け、かつ現に本件農地の耕作に従事していることにより農地法第三六条一項に定める売渡適格者であることを主張し、本件売渡処分の無効を確定したうえで新たに行なわるべき売渡処分を得ようとするものであることがその主張により明らかであるから、本件売渡処分の無効確認を求める法律上の利益があると認めるのが相当である。

二本件農地はもと国の所有であつたところ、被控訴人岩手県知事が亡岩太郎を売渡の相手方として本件農地の売渡処分をしたことは当事者間に争いがないところ、<証拠>を総合すると、本件農地の売渡処分がなされた経緯として次のような事実を認めることができる。すなわち、本件農地は、もと旧陸軍の観武ケ原練兵場の跡地の一部であるところ、終戦後国は本件農地を含む約三〇〇町歩の未墾地の開拓事業に着手し、岩手県開拓課において入植者の募集と選衡を行ない、昭和二一年三月一一日付で九九名に入植を許可し、同年五月二四日開拓地の仮配分を定めて開墾に着手させたが、亡岩太郎も、当初から入植を許可され、入植許可者の名簿に登載されていた。亡岩太郎は、明治二九年生まれで、当時、国鉄盛岡工場に勤めており、住所も開拓地外の盛岡市本町通一丁目一四番一号(当時は油町)に居住していたため、昭和二二年一二月一日頃、副業的開拓者として入植意思薄弱とみなされ、岩手県農地部長から厨川開拓団長を通じて離農勧告の通知を受けたが、家庭の事情と国鉄を退職して開拓に専念する旨を申出るとともに、実際に昭和二四年七月一四日国鉄を退職して開拓に専念した成果が認められ、昭和二五年二月五日入植許可が再確認され、その後は、前示盛岡市本町通の住居から妻ハル(被控訴人)や子供達と開拓地として指定を受けた本件農地に通つて開墾を続けた。この間、亡岩太郎は、本件農地上に古材を利用して家屋を建築し、農繁期には泊り込んで作業をすることもあつた。また昭和二三年一〇月設立された観武ケ原開拓農業組合が昭和二八年出資組合となるについては、亡岩太郎が出資金一万二〇〇〇円を出資している。一方控訴人は亡岩太郎の二男であつて、昭和二〇年頃復員して亡岩太郎方に同居するうち昭和二一年妻ミエと結婚し、昭和二三年頃、開拓地近くの旧兵舎に転居したが、昭和二五年頃、前示のように亡岩太郎が本件農地上に建築した建物に台所部分を増築して(増築したものが本件建物である)居住するようになり、妻ミエは昭和二九年頃まで四人の子供を産んだが、育児の合い間に亡岩太郎の農作業を手伝い、控訴人も日傭に出る以外は開墾に従事した。右のように本件農地は、亡岩太郎と控訴人の二つの世帯で開墾や耕作に従事したため、収獲物のうち食糧は亡岩太郎と控訴人が二分の一宛配分し、換金作物は、亡岩太郎と被控訴人ハルが各三分の一、控訴人の妻ミエが三分の一の割合で配分されていた。昭和三一年には開拓地一帯の開墾がほぼ完成し、配分計画も進捗し、同年一二月頃には本件農地について亡岩太郎名義で厨州農業委員会長宛に買受申込書が提出された。しかし、この頃になると、亡岩太郎ハルの夫婦は高令となり耕作の中心は控訴人夫婦に移つたため昭和三二年二月一一日、入植名義を亡岩太郎から控訴人へ変更することを求める右両者連名による入植名義変更許可願が被控訴人岩手県知事宛に提出された。右の入植名義変更許可願には、亡岩太郎が坐骨神経痛によつて労務に服することができない旨の診断書が添付されるとともに、従来亡岩太郎が借り受けていた開拓者資金融通法にもとづく開拓者資金、冷害対策資金および農林漁業資金等の借入金合計金一一万九九二三円の債務と亡岩太郎の観武ケ原農業協同組合に対する債権債務の一部を亡岩太郎と同一条件で控訴人が継承し、同農業協同組合の組合長が証人として記名押印している債権債務継承承諾書が添付された。右の入植名義変更は、同年三月四日付で被控訴人岩手県知事の許可するところとなり、同月一二日盛建第二六〇号をもつて盛岡建設事務所長から観武ケ原農業協同組合長宛に通知された。そのため、爾後は、控訴人が本件農地の耕作者であり同農業協同組合の組合員として取り扱われる反面、亡岩太郎やハルは控訴人の世帯員に過ぎないものとみなされることになり、控訴人において開拓者手帳や同農業協同組合の組合員手帳の交付を受け、前示のように亡岩太郎から引き受けた借入金債務の償還をするとともに、自己の名においてあらたに同組合から営農改善資金を借り受けたり同組合から肥料、種子などを買い入れたりして本件農地を耕作してきた。ところが、本件農地については、この間、厨川地区農業委員会から被控訴人岩手県知事宛に売渡人を亡岩太郎とする売渡進達書が提出されたことにより、同被控訴人は、売渡期日を昭和三二年三月一日と定めた同月二〇日付売渡通知書を亡岩太郎に発して同人に対し本件農地の売渡処分をなし、右売渡通知書はその頃同人に到達した。そのため、本件農地の成功検査のための立入通知も昭和三七年四月二三日に亡岩太郎宛になされ、同人の立会のうえ、検査がなされた結果、同年九月一二日前示のように本件農地について同人名義の保存登記が経由された。そのため、観武ケ原開拓農業協同組合では再び亡岩太郎を組合員として取り扱うようになり、トラクター使用料や肥料代、種子代などの取引は亡岩太郎名義でなされるようになつた。<証拠>には、控訴人が当初から本件農地の入植者であると伺わせる趣旨の記載部分があるが、原審証人畑山高雄の証言(第一、二回)によれば右入植者台帳はいずれも後日書き直されたものであることを認め得るから、前記記載部分は右認定の妨げとなすに足らず、<証拠判断略>。

三以上に認定した事実によると、亡岩太郎は、控訴人に入植名義を変更するまで本件農地の入植者として自創法第四一条、第四一条の二、農地法第六四条の規定に従い本件農地の一時使用を許可されて開墾に従事してきた者であり、また同人名義で買受申込書を提出していることは明らかであるというべきであるから、同人が本件土地の開墾や耕作に全く従事したことがなく売渡を受ける適格を有しなかつたことや、買受申込書を提出しない者に売渡処分がなされたことを主張して本件売渡処分の違法をいう控訴人の主張が理由がなく採用できないことは明らかである。

四次に控訴人は、本件売渡処分が入植名義変更許可に反してなされたことにより無効である旨主張するので、この点について判断する。<証拠>によると、被控訴人岩手県知事は、観武ケ原等の未墾地について昭和二七年頃から売渡に着手したが、入植から売渡までに年月がかかるにつれ、当初の入植許可を受け耕作に従事していた者が老令または疾病によつて開墾または耕作に従事することが困難になるような事態も生ずるようになつたので、売渡前に入植者から老令または病気等を理由に入植者の妻または子に入植名義を変更したい旨の申請があつた場合には、入植許可名義人と新に売渡を希望する者との連名による入植名義変更許可願、所属開拓農業協同組合に対する債権債務承継承諾書および変更の結果新たに入植者となろうとする者が従来旧名義人とともに開拓に従事し、かつ将来も開拓を継続しそれを完成し得る見込があるか否かに関する農業委員会の意見書等を建設事務所経由で提出させたうえ、その事由が相当であると認められる場合には岩手県農林部長名で入植名義の変更を許可し、建設事務所長名で所属の開拓農業協同組合長宛に通知をするという行政上の取扱を昭和三五年頃まで行なつており、実際に入植名義の変更を許可されて新名義人において売渡を受けた事例も相当あつたこと、岩手県農地部開拓課においては、入植名義変更があつた場合は、当然新名義人に対して売渡手続を行うものとされ、入植名義変更後、旧名義人に対して売渡をする例はなかつたが、本件売渡処分については、前示のように昭和三二年三月四日付で亡岩太郎から控訴人への入植名義変更が許可されたのに拘わらず開拓課内部の事務連絡の不行届きのために、同月二〇日旧名義人である亡岩太郎を売渡の相手方として同人宛に売渡通知書が発せられたという事実が認められるのであり、この認定を左右するに足る証拠はない。右に認定した事実によると、被控訴人岩手県知事のなす入植名義変更の許可は、自創法第四一条の二にもとづいて入植地の一時使用をしている者(農地法施行法第一一条により農地法施行後は同法第六四条により売渡予約書の交付を受け、同法第六八条の規定によりその土地等の使用をしている者とみなされる)に対し、売渡を受ける以前にその地位を譲渡することを許容し、新名義人につき将来自作農として農業に精進する見込があるものとして旧名義人が耕作してきた土地について旧名義人と同一内容の一時使用を許し、あわせてその耕作について売渡予約にもとづいて将来売渡を受けるべき法的地位(本件農地のような開墾地については、当初から入植者に対して開墾に成功したときは、その土地を売り渡すことを条件として土地が配分されているのであるから、入植許可を受けて現に耕作している者は将来その売渡を受けることについて高度の期待権を有していると解すべきである)を認める反面、旧名義人については従来耕作してきた土地の一時使用権とともに売渡予約者としての地位を消滅させる行政処分である、と解すべきものである。農地法においてはその第七三条に農地の売渡を受けた者の権利の移転に関する規定はあるが、売渡を受ける以前の法的地位の移転に関する規定はなく、入植名義変更によつて売渡以前の法的地位の移転を認める行政的取扱は農地法の明文の規定に根拠を置くものではないが、前示認定のように変更を認める人的範囲が従前の旧名義人の相続人の範囲に限られ、変更の事由も老令または病気という特殊な場合に限られていることと、農地法第一条が定めるように、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護し、その他土地の農業上の利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図るという農地法の目的にてらすと、入植名義変更の許可は農地法の目的に背反せず、行政処分としての効力を有するものというべきである。したがつて一旦それが有効になされた以上、入植許可を受けた新旧の名義人がその処分を尊重し服従することを要することはもちろんであるが、行政庁である被控訴人岩手県知事もまたこれに拘束され、その処分が改廃されない限り、これに抵触する行政行為をすることが許されないものと解すべきことは明らかである。してみると、前示のように、昭和三二年三月四日付で亡岩太郎から控訴人に対する入植名義変更許可が行なわれたのにかかわらず、同月二〇日付で旧名義人である亡岩太郎に対してなされた本件売渡処分は、右変更許可処分の拘束力に抵触するのみならず、右変更許可処分によつて本件農地の一時使用権者の地位を取得し現に耕作している控訴人をさしおいて、現に一時使用権を喪失し耕作者でない亡岩太郎に対して本件農地を売り渡したことになり、耕作者の地位の安定を目的とする農地法第一条、第三六条一項一号の規定の趣旨にてらしその瑕疵は重大かつ明白であり、かつその瑕疵が外観上も明らかな場合に該当するといわなければならない。なお、本件売渡処分においては、亡岩太郎に対し売渡をなすべき日を入植名義変更許可がなされた日以前の同年三月一日と定めていることは、既に認定したところであるが、右のように農地売渡の時期を遡及させて売渡通知書に掲げることは、第三者の権利を害しない限りにおいて許されるに過ぎないと解すべきものであるから、本件においては、右売渡時期の遡及をもつて新名義人である控訴人に対抗することはできないといわざるを得ず、売渡時期の遡及によつて、先行の入植名義変更許可に違反した本件売渡処分の瑕疵が治癒されたとみるべき筋合ではない。

以上の次第で、被控訴人岩手県知事のした本件売渡処分は、無効と解すべきものである。

(兼築義春 守屋克彦 田口祐三)

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